中国茶と中国茶器の専門店 「恒福茶具」へようこそ! - 2005/02/13

中国茶と中国茶器の専門店 「恒福茶具」へようこそ!

趣味の陶芸
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陶芸は私の趣味の一つですが、これも趣味暦の長い、おそらく一生続けるであろう趣味の一つです。

出会いは学生時代に遡りますが、当時工業デザインを専攻していたデザイン科の学生だった時に、授業の一環の中で陶芸を経験する機会がありました。

最初から轆轤を回す経験をしたのですが、その時私は不思議な気持ちになりました。

轆轤に座って手で土をこねていると、無性に嬉しかったのです。

手が懐かしいものに再会したような、そんな気持ちでした。

もし前世があったとしたら、私はきっとこの陶芸をやっていたのです。

気持ちよりも先に手が喜んで、夢中で轆轤に向かっていました。

授業は90分だったのですが、それでは物足りなくて、その日の放課後に教授に許可も得ないで勝手に創作室へ入ってまた轆轤へ向かいました。

日も暮れて時間も遅くなると、さすがに教授がやってきました。

お前何をしているんだ!と怒られそうでしたが、気配を察したのか怒られはしませんでした。

一言「そんな小さなものを作らずに大きなものを作れ、そうしないと良いものは作れないし上手くならないぞ」とアドバイスをされて、そのまま教授は創作室を出て行きました。

そんな事があって私はすっかり陶芸にはまってしまったのですが、更に続きがあります。

その教授がゼミで陶芸を開催してくれて、私は勿論一番に参加させてもらいました。

その頃日本六古窯を訪ねる中で、教授は常滑へ連れて行ってくれました。

そして今は人間国宝の「山田常山」のアトリエへ連れて行ってくれました。

ここで私の急須人生とつながるのですが、山田常山の急須を見せて頂き、私はその美しさに虜になってしまいました。

急須という日常雑器でありながら、道具をここまで美しく機能的に造形するその技術とセンスに驚きを隠せませんでした。

いつかこの山田常山の作るような急須を自分で作ってやる、ぜひ作りたいと心に誓いました。

現在私は中国茶と中国茶器の専門店 「恒福茶具」というネット通販のサイトを運営していますが、主に中国茶器の代表である宜興紫砂壺をご紹介しています。

つまり陶芸から急須にはまって、ついに宜興紫砂壺へ行き着いた、そういう次第なのです。

常滑の朱泥急須は宜興の職人がもたらした焼き物ですし、お茶を淹れる為の急須を極めると「宜興紫砂壺」へ辿り着きます。

「宜興紫砂壺」は轆轤を使わない「タタラ作り」による成形方法なのですが、轆轤を使わずにこの「宜興紫砂壺」を作る技術は信じられないような技術です。

残念ながら自分は轆轤を使用する成形の方が好きなので自分で「宜興紫砂壺」を作ろうとは思いませんが、仮に作ろうと思うと相当な修行を積まないとまともな作品は作れません。

現在も私は陶芸の趣味は続けていますが、作る作品はやはり急須です。

作陶暦もそれなりに長いので、技術的には陶芸教室の先生レベルはすでに超えています。

それでも今のレベルでは、まだまだ山田常山には追いつく事は出来ません。

いつしか山田常山を追い越したいと思っていますが、今の人生の中では難しいかもしれません。

そういう自分に、言い訳をこのようにしています。

手が思い出したように前世があったとしたら私は陶芸をやっていた訳ですから、来世もきっと陶芸をやるであろう事は間違いありません。

来世には職業の選択を間違えずに陶芸家になり、その時は山田常山を越えてやると、そんな言い訳をしているのです。

 



趣味の園芸
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園芸の趣味は小学校二年生以来の趣味なので、かれこれ四十年以上続いている趣味です。

小学校二年生の春、ある日リヤカーに花の苗を積んで売っているおばちゃんがやって来ました。

私は何の気もなしにふと見ると、色々な花の苗の中からデージーの苗が目に留まり、とても可愛いものに見えて、母にねだってそのデージーの苗を買ってもらいました。

当時十円か二十円だったと思うのですが、昭和三十年後半の話です。

父も母も庭をいじる趣味はなかったのですが、その頃住んでいた家では猫の額ほどの庭しかなく、その一角へそのデージーの苗を植えました。

花壇というような状態ではなかったので、手ごろな石を拾ってきて、石を並べて囲いを作って花壇らしき状態にしました。

するとデージー一株では寂しいですから、きっと他にも花を植えたくなったのだと思います。

その頃中央線の三鷹に住んでいましたが、線路沿いの北側に「加藤園芸」という園芸店がありました。

私は小学校の低学年から度々その「加藤園芸」へ通い、何度も通っては数十円の花の苗を買ったり、見るだけでも楽しい種の袋の写真やイラストから憧れて、種などを買い求めて花壇を埋めていきました。

小学校低学年で一人で園芸店通いをする変わった少年ときっと思われていたでしょうが、「加藤園芸」の従業員さんはいつもにこにこと私に接してくれました。

読書も私の趣味の一つでしたが、当時は確か小学館の「趣味の園芸」という分厚い本を買って日々の愛読書にしていました。

一般的な園芸種の植物と野菜は一通り紹介されていて、自分では買えない・手が出せない植物をその解説書で楽しみつつ、自然と名前や栽培方法を暗記してしまうほどでした。

小学校の六年生になると、家の隣の空き地(草ぼうぼうの野原)を許可も無く小さなショベル一つで開墾して、と言っても広さは四畳半程度の広さでしたが、畑にすることにしました。

知識だけはありましたから、キュウリ・蕪・ニンジン・大根・ナス・かぼちゃまずはその辺りから種を買い込んで、早速畑に種を撒きました。

季節は春から夏に掛けてですが、気温の高い時期なので成長は驚くほど早く、日々成長する野菜に驚きと興味で楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。

当時三鷹には専業農家も多く、あるおばちゃんに私の猫の額ほどの畑を見て笑われましたが、初めての農業経験は私にとって忘れられない出来事です。

その翌年は中学へ進学しましたので畑は続けることは出来ませんでしたが、私の園芸趣味はそれ以降も続くわけです。

中学生以降は「サカタのタネ」の通販を中心に、園芸店では販売されていないような種類の植物を栽培することに熱中していました。

社会人となるとさすがに園芸に割ける時間は少なくなりましたが、それでも土日には小さな庭弄りをするのが楽しみな時間でした。

出来るなら仕事を引退した老後は、畑である程度自給自足をしながら陶芸三昧の生活を送りたい、そんな老後を夢描いています。



   




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カレンダ
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