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中国八古窯「耀州窯」を訪ねる

耀州青磁を求めて

 

中国八古窯の一つに、耀州窯があります。

耀州窯とは陜西省は耀県銅川市附近に分布し、黄土高原の台地の山間部に数件の陶芸家一族が作陶を続けています。

中国陶磁史においては有名な窯場で、皇帝に献上する献磁を制作していました。

有名なのは耀州青磁ですが、骨董品は数十万〜数百万で取引されていますが、現代物はほとんど流通していません。

耀州青磁の色はオリーブグリーンで、その独特な色合いは特徴的です。

時代的には宋の時代が最も栄えたといわれ、現在も世襲制による陶芸家一族がその時代に完成された作品そのままを作りつづけています。

耀州青磁は本体を成形した後に刃物で文様を刻んでいく、刻花紋が代表的な様式です。

そこへ青磁の釉薬が流れて、刻花紋を引き立てています。

デザインは宋の時代を中心とした献磁の意匠を、そのまま再現しています。

レプリカとはいえ製作している作家は当時の作家一族の末裔達ですから、宋の時代そのものが手に入れられる事と同じと考えられます。

歴史を感じると共に、正に「中国の宝」と言える焼き物です。

成形した作品に刻花紋で文様を入れているところ

焼成前の乾燥中の作品

耀州青磁は滅び行く焼き物、私はそう感じさせられました。

製作している作品を見ても分かりますが、実用的な食器を耀州青磁で製作したとしても売れないので、作家たちは過去の作品のレプリカを製作しています。

私は耀州青磁の第一人者の作家を訪ねました。

彼の持つ技術は彼の息子さん(上記の写真の若者)にしか伝授されないそうで、また彼も親から代々技術と伝統を引き継いできたと説明してくれました。

耀州青磁の技術と伝統は世襲制で、現在はその技術と伝統を受け継ぐ一族も数えられるほどしか残っていないのが現状でした。

彼に色々な所を案内してもらいましたが、最後に昔の窯跡と共同の出荷場へ連れて行ってもらいました。

昔の窯跡に並んで現在も使われている窯があるのですが、その巨大さには驚かされました。

私が今までに見てきた窯の中では、一番大きなものだったと言えます。

燃料はコークスを使用するそうですが、この耀州青磁の独特の色目オリーブグリーンは燃料によるところがあるようです。

その後に共同の出荷場へ案内されたのですが、倉庫に膨大な在庫がありました。

ところがそれらは全て傷物で、観光客に売れそうなものは倉庫内に、売れそうもない安物は野ざらしという状態でした。

別に良品とされる作品の在庫も見せてもらったのですが、日本の検品レベルから判断するとその良品もほとんどがB級品と言えるものばかりでした。

これは国民性と価値観の違いでしょうが、どうやら巨大な窯で焼かれる作品群は日本のレベルから見るとほとんどが不良品とみなされると感じました。

私が訪問した作家さんは工房を所有していて自分の窯ももっていますが、やはりそこで焼かれる作品も大半が日本の検品レベルから判断すると不良品です。

本当に歩留まりが悪く、もう少し気を遣えば不良品率を改善できるのに、勿体無い話だと思わされました。

耀州青磁は時代から取り残された焼き物と言えますし、この現状から判断すると益々衰退して行く産地と感じさせられました。

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中国八古窯「磁州窯」を訪ねて

中国八古窯(磁州窯)

 

 

磁州窯の代表的な様式による現代の作品

磁州窯は位置的にいうと北京の南西約500キロ、鉄道の駅(ハンダン)から車で一時間半程度掛かります。

私が訪れた当時は高速道路が建設中でしたが、現在は北京からでしたら車で4〜5時間で到着可能かと思います。

私がこの磁州窯へ行った一番の理由は、日本の赤絵の原点である「紅流彩」を確かめたかったからです。

宋の時代に完成された磁州窯の「紅流彩」は日本へ渡り、赤絵として日本にも定着しました。

しかし世界的に有名になったのは、日本の赤絵ですね。

磁州窯の「紅流彩」は磁州の白い土の上に更に白化粧をして、上絵で赤と緑の絵柄を描いています。

素朴で朴訥な絵柄が多いのですが、どこかしら優雅さも感じさせられる温かみのある焼き物です。

今でも磁州窯は国営工場が中心で中国全土に日常食器を供給しているようですが、中国では磁器は景徳鎮、陶器は磁州窯が一番と言われています。

国営工場は現役で運営されていますが、小さな工場や工房はほとんどが廃墟となっているのが現状です。

磁州窯博物館には資料と作家が集まっていますので、磁州窯の代表的な様式や焼き物はここで見ることが出来ます。

しかし私が求めていた「紅流彩」は宋の時代には盛んに製作されていましたが、現在では全く残っていませんでしたし作品自体も見ることは出来ませんでした。

「紅流彩」は既に過去の様式で今はもう作っていない、磁州窯ではそのようにとらえられています。

そうですかと帰るわけにもいかないので、唯一現役で活動している小さな公司へ飛び込みで訪ねて、「紅流彩」を再現して作ってもらえませんかと訊ねてみました。

すると作品見本室へ案内してくれて、お前の言う「紅流彩」はこれか?と、まさに宋の時代の出土品の幾つかを見せてくれました。

そこには数は多くはありませんでしたが、資料として出土品のいくつかの「紅流彩」がありました。

まさにこの焼き物が欲しいのだと言うと、馬鹿にした態度で「こんなものは過去の焼き物、なんでこんなものが欲しいのか分からない」と言われてしまいました。

私にとっては価値のあるものなので、こういう焼き物を再現したいのだが可能か?と訊ねると、また馬鹿にした態度で一言「簡単!」と言われてしまいました。

それじゃ作ってもらえるかと訊ねると「自分で作るのか?」と言うので、「こちらの職人に作ってもらいたいのだがどうか?」と言うと、それでも構わないという話になり早速工房へ案内してくれて、専属の職人さんと対面です。

結果私は三日間この公司へ通って、「紅流彩」を再現してもらいました。

焼き上がりまで現地に滞在することは出来なかったので、後日焼きあがったら日本へ送ってくれと、代金や送料を含めた金額を支払ってきました。

しかし彼らは輸出をした事がないので、日本までどうやって送ったらよいのか分からないという事だったのですが、郵便局で国際小包で送ってくれれば大丈夫だからとお願いしてきましたが、本当に到着するかどうか不安な面はありました。

後日談として三ヶ月待っても到着しなかったので電話で問い合わせたのですが、既に二ヶ月前に荷物は送ったという返事で、送り状の番号も知らせてきました。

そこで番号から荷物を調べてみると、日本へは荷物は入ってきていないという返事でした。

すると一週間ほどすると、何と荷物が到着しました。

箱を楽しみに開けようとすると、まずガシャと嫌な音がします。

割れている気配です。

箱を開けてみると、見事に割れた楽しみにしていた「紅流彩」の塊が見えて、どれがどの部品やら分からない状態です。

中に数個割れなかった無事な品物がありましたが、何の梱包もされない状態でただ箱に入れただけで送った荷物ですから、割れないものが少しでもあったことが不思議な位です。

陶磁器を扱う公司へ荷物として送ってくれるように依頼した訳ですから、当然梱包はしっかりやってくれると、その事を常識として考えた私が間違っていたようでした。

おそらく荷物はそんな状態だったので、中国のどこかで放置されいたのだと想像しています。

ところが私から問い合わせが入ったので、放置されてした場所から荷物が出荷されて到着したのでしょう。

まあ到着しただけでもよしとして、私は粉々になった「紅流彩」を復元する作業を始めました。

私の磁州窯「紅流彩」を求める旅は、最終的には「紅流彩」を復元する結果に終わったわけです。

 

 

復元してもらった「紅流彩」の一部

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