趣味の陶芸
中国茶と中国茶器の専門店 「恒福茶具」へようこそ!
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河井寛次郎 記念館
河井寛次郎 記念館 http://www.studiomiu.com/kanjiro/ 京都へお出かけの際は、ぜひ河井寛次郎 記念館へ行かれることをお勧めします。 河井寛次郎記念館は河井寛次郎自らが設計して、生涯を終えるまでここで数々の作品を創りあげてきた場所であるとともに、陶芸を志すものには理想的な住まいでもあります。 河井寛次郎の暮らしぶりが伺えて、静かで落ち着いた住まいの中に数多くの作品が展示されています。 みどころは庭に配された、登り窯です。 実際に河井寛次郎が作品の焼成に使用していた登り窯で、ここで数多くの作品が生み出されたのかと感慨深いものがあります。 場所は京都の中心部からは少し離れた東山区五条坂鐘鋳町という所にありますが、少し足を伸ばす価値は間違いなくあります。 私は京都へ出かける際には、必ず寄らせてもらっています。 河井寛次郎は私の好きな陶芸家の一人ですが、河井寛次郎の生き方、また作品に対する姿勢に感銘を受けます。 河井寛次郎の作品には銘が入っていません。 それは民芸運動を推進した河井寛次郎としては、生涯無名の職人である事を理想としたからだと思います。 銘が入っていないと偽物が作られやすいと注意を受けたこともあったそうですが、銘が入らないとその人の作品と分からないような作品は、河井寛次郎は作っていません。 銘が無くとも河井寛次郎の作品は、河井寛次郎にしか作れなかった作品ばかりです。 私は物にも命を感じるのですが、河井寛次郎の作品には魂が入っている、それは実際に河井寛次郎の作品をご覧頂ければ納得してもらえると思います。
日本民藝館
日本民藝館 お勧めのミュージアムとして、日本民藝館をご紹介致します。 日本民藝館は民芸運動を主催した柳宗悦を中心として開設され、初代館長は柳宗悦、二代目館長は益子焼の開祖濱田庄司、三代目の現館長は宗悦氏の長男でプロダクトデザイナーとして有名な柳宗理氏が就任しています。 東京は井の頭線の駒場東大前の駅より徒歩で住宅街を抜けて、五分程度場所にあります。 何故日本民藝館が私のお勧めのミュージアムかというと、勿論私の好きな作家さんの作品が沢山見られることです。 民芸運動とは「無名の職人が民衆の日常生活の為に作った実用品にこそ、芸術家が作り出す作品にも勝るとも劣らない美の世界がある」、その考えに私も賛同すると共に、その思想を元に活動された方達の作品が本当に好きです。 河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ、富本憲吉、また芹沢_介、棟方志功らの作品が数多く収蔵され、落ち着いた建物の中で間近に作品をじっくりと見れることがまたお勧めの理由です。 収蔵品は陶磁器に限らず、染織品・木漆工品・絵画・金工品・石工品・竹工品など幅広いジャンルの作品を目にすることができます。 また作品を見るだけでなく、毎年11月頃と思いますが「日本民藝館展」では、伝統的な手仕事の新作と新しい生活工藝を公募し、暮らしに役立つ健やかな工藝品を選んで、展示販売しています。 これは日本各地の伝統的な手仕事の作品が、日本民藝館へ行けば手に入れる事ができる訳です。 ぜひ一度この時期に、日本民藝館へ行かれてみてください。 最近はミュージアムショップが当たり前になってきていますが、日本民藝館では昔からこの企画では沢山の作品を取り扱っていて、私など欲しいものばかりでいつも困ってしまいます。 渋谷から井の頭線で二駅、一寸足を伸ばすだけで喧騒の渋谷とは比較できない静けさと日本の美の世界を堪能する事ができます。
三代目山田常山 ご冥福をお祈り致します。
三代目 山田常山 10月19日死去 10月19日、人間国宝の三代目山田常山が亡くなられたそうです。 81歳になられた常山の風貌は仙人のようで、気さくで飾らない人柄は誰からも愛されたのではないでしょうか。 私が急須を愛するようになったきっかけは、山田常山の急須を一目見たときからでした。 山田常山は亡くなられる直前まで、作品の事が頭から離れなかったそうです。 急須を作ることが好きで寝食を忘れて急須を一生涯作り続けた、本当に人間国宝に相応しい方だった、私は心底そう思います。 煎茶器の地位を高めたのも、山田常山の功績と言えるのではないかと思います。 陶芸家として一生涯好きな急須を作り続けた、何の悔いもない素晴らしい人生だったのではないかと想像します。 ご冥福をお祈りいたします。 何度かアトリエにお邪魔させていただきましたが、一度自ら煎茶を淹れてくださった事がありました。 そのお茶は、私が今までの人生の中で味わった事のない美味しさでした。 そのお茶の味は勿論、山田常山という陶芸家を私は生涯忘れることはないでしょう。
中国茶用自作湯沸し
![]() 中国茶を淹れる際に使用する湯沸しを自作しました。 中国茶を淹れる際には常に沸騰したお湯が手元に欲しいものですから、電気ポットが便利です。 ところが湯沸しジャーでは風情がありませんし、中国や台湾で作られている電気ポットでは耐久性に不安があります。 またデザイン的にも気に入る商品がないので、自作で湯沸しを作ることにしました。 湯沸し本体は土鍋を作る耐熱粘土を使用して、容量の多い大きめな土瓶を作りました。 竈は共土を使用して、下からアルコールランプで保温する形式で使用します。 結局何度も何度も作り直して、これも一体いくつ作ったやら。 苦労したのは竈の形状で、アルコールランプの火が消えることなく効率的に保温できる形状が分かるまでに竈のみをいくつも作りました。 苦労の甲斐あって、思い通りの作品が出来上がりました。 実際に使用してみるとこれで水の状態から沸騰するまでお湯を沸かすのは時間が掛かりすぎですが、別に薬缶で沸騰したお湯をこの湯沸しに移して、お湯を保温して使用するには丁度良い具合です。 またお湯が残り少なくなるとシューシューと音がして、幼い頃火鉢の鉄瓶が音をたてていた音と同じ音が聞こえてきて、懐かしいと共に中国茶を淹れるのに風情を感じさせてくれました。 昔の鉄瓶のお湯も湯がまろやかになってお茶が美味しかったと思いますが、この湯沸しを使ったお湯も非常にまろやかです。 中国茶用には天然水や前もって濾過した水を使用するのですが、この湯沸しを使用すると水道水そのままでも全く問題はありませんでした。
私の陶芸作品をご覧下さい。
私の陶芸作品を幾つかご覧下さい。
基本的には焼き締めの焼き物が好きですが、登り窯焼成による自然釉の作品も大好きです。 使用する土は様々ですが、備前・萩・信楽赤は比較的よく使用する土です。 急須の基本は横手急須ですが、上手急須や土瓶を作ることが多いです。 急須らしき形状を作ることはそれ程難しくはないのですが、尻漏れのしない切れの良い急須を作ることはかなり技術を要します。 作家に弟子入りすれば成形技術の進歩も早いのでしょうが、所詮趣味として作陶してきましたので、誰からも指導を受けたことがありません。 まともに使用できる急須が作れるようになるまでに、一体いくつの急須を作ったやら? 今でこそ人様に差し上げても恥ずかしくない作品が作れるようになりましたが、週に一度二時間程度作陶する趣味の範囲では、そこまで到達するのに約十年掛かったと言えます。 職業として日々轆轤へ向かえば、きっと半年〜一年でそれを成し得たのだろうと思います。 どんな世界でも同じかもしれませんが、満足の行く作品が出来上がることはいつまで経ってもありません。 おそらく一生作り続けても、満足の行く作品というのは出来上がるのやらどうやら。
趣味の陶芸
陶芸は私の趣味の一つですが、これも趣味暦の長い、おそらく一生続けるであろう趣味の一つです。 出会いは学生時代に遡りますが、当時工業デザインを専攻していたデザイン科の学生だった時に、授業の一環の中で陶芸を経験する機会がありました。 最初から轆轤を回す経験をしたのですが、その時私は不思議な気持ちになりました。 轆轤に座って手で土をこねていると、無性に嬉しかったのです。 手が懐かしいものに再会したような、そんな気持ちでした。 もし前世があったとしたら、私はきっとこの陶芸をやっていたのです。 気持ちよりも先に手が喜んで、夢中で轆轤に向かっていました。 授業は90分だったのですが、それでは物足りなくて、その日の放課後に教授に許可も得ないで勝手に創作室へ入ってまた轆轤へ向かいました。 日も暮れて時間も遅くなると、さすがに教授がやってきました。 お前何をしているんだ!と怒られそうでしたが、気配を察したのか怒られはしませんでした。 一言「そんな小さなものを作らずに大きなものを作れ、そうしないと良いものは作れないし上手くならないぞ」とアドバイスをされて、そのまま教授は創作室を出て行きました。 そんな事があって私はすっかり陶芸にはまってしまったのですが、更に続きがあります。 その教授がゼミで陶芸を開催してくれて、私は勿論一番に参加させてもらいました。 その頃日本六古窯を訪ねる中で、教授は常滑へ連れて行ってくれました。 そして今は人間国宝の「山田常山」のアトリエへ連れて行ってくれました。 ここで私の急須人生とつながるのですが、山田常山の急須を見せて頂き、私はその美しさに虜になってしまいました。 急須という日常雑器でありながら、道具をここまで美しく機能的に造形するその技術とセンスに驚きを隠せませんでした。 いつかこの山田常山の作るような急須を自分で作ってやる、ぜひ作りたいと心に誓いました。 現在私は中国茶と中国茶器の専門店 「恒福茶具」というネット通販のサイトを運営していますが、主に中国茶器の代表である宜興紫砂壺をご紹介しています。 つまり陶芸から急須にはまって、ついに宜興紫砂壺へ行き着いた、そういう次第なのです。 常滑の朱泥急須は宜興の職人がもたらした焼き物ですし、お茶を淹れる為の急須を極めると「宜興紫砂壺」へ辿り着きます。 「宜興紫砂壺」は轆轤を使わない「タタラ作り」による成形方法なのですが、轆轤を使わずにこの「宜興紫砂壺」を作る技術は信じられないような技術です。 残念ながら自分は轆轤を使用する成形の方が好きなので自分で「宜興紫砂壺」を作ろうとは思いませんが、仮に作ろうと思うと相当な修行を積まないとまともな作品は作れません。 現在も私は陶芸の趣味は続けていますが、作る作品はやはり急須です。 作陶暦もそれなりに長いので、技術的には陶芸教室の先生レベルはすでに超えています。 それでも今のレベルでは、まだまだ山田常山には追いつく事は出来ません。 いつしか山田常山を追い越したいと思っていますが、今の人生の中では難しいかもしれません。 そういう自分に、言い訳をこのようにしています。 手が思い出したように前世があったとしたら私は陶芸をやっていた訳ですから、来世もきっと陶芸をやるであろう事は間違いありません。 来世には職業の選択を間違えずに陶芸家になり、その時は山田常山を越えてやると、そんな言い訳をしているのです。
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